The Global Startup Ecosystem Report 2022

スタートアップにおける多様性がプラスに働く時、マイナスに働く時

この寄稿文は、著者が個人的な立場で作成したものです。本記事で述べられている意見は、著者個人のものであり、必ずしもスタートアップゲノムの見解や立場を反映するものではありません。

オックスフォード大学サイード・ビジネス・スクールの経営学教授であるMari Sako 氏はグローバル戦略の学者であり教師でもある。また、AIがプロフェッショナルサービスに与える影響を研究し、Creative Destruction Lab (CDL) OxfordでAIストリームのモデレーターを務めている。
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オックスフォード大学サイード・ビジネス・スクールのポスドクであるMatthias Qian 氏は、技術起業に焦点を当て、ビッグデータに関する機械学習の進歩を活用した研究を行っている。オックスフォード大学でDPhilとMPhilを、ベルリン・フンボルト大学で学部を修了。
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“アイデア出しや探索のごく初期の段階では、多様な知識にアクセスすることが重要です”

起業家コミュニティでは、「スタートアップを成功させるには、多様性が重要だ」というのは共通認識としての知恵である。しかし、問題は、この多様性をどのように実現するかだ。あるメンターが最近コメントしたように、性別や人種といった伝統的な意味での多様性や、専門分野の専門性の欠如は、メンターや投資家とのつながりに悩む創業チームに共通するテーマだ。多様性が良くて同質性が悪いという科学的根拠はあるのだろうか。もしそうなら、創業チームはどこから多様性を導き出すべきなのか。我々はこの問題を、「知識ドメイン」ともよばれる学問的な専門度合いの多様性に着目して調査した。

非常に早い段階にあるスタートアップの創業者は、メンターやアクセラレーターを利用して、潜在的な顧客、従業員、投資家、さらには共同創業者など、さまざまな人脈とつながることを期待している。たとえば、Entrepreneur Firstの6ヶ月のプログラムには、創業者が共同創業者候補と出会うステップが含まれている。アイデア、それも商業化の可能性のある科学的なアイデアに基づいて設立されたハイテク分野のスタートアップでは、メンターがマッチメイキングにおいて重要な役割を果たす。多くの場合、創業者チームを補完するような知識や専門性を持つ人物を探すことになる。

さらに、アメリカの調査によると、 特にアーリーステージのスタートアップに投資するベンチャーキャピタリストは、創業チームをスタートアップの成否に寄与する最も重要な要因と考えている。投資家は、思考の明確さ、実行力、逆境への対応力などを見るかもしれないが、創業チームが問題を解決するためにユニークな能力を備えているかどうかも判断する必要がある。我々は、創業者のマインドセットや認知能力についてはより多くのことが知られている一方、スタートアップの成長の初期段階において、彼らの専門分野がどのように融合し、チームが成長し、資金を獲得することを可能にするかについてはあまり知られていないと考えている。

本研究では、異なるメンバー内およびメンバー間の知識領域の多様性に注目した。具体的には、創業者と共同創業者のつながり、同じエコシステム内の他の創業者とのつながり、そして初期メンバーとのつながりにおける知識の多様性を調査した。以下では、3つの実践的な問いを提起し、この研究を踏まえてそれらに答えていく。


創業チームの知識多様性はすべてのスタートアップにとって最良か?

答えはむしろ、スタートアップのステージや、エコシステムでの位置によって異なる。

第一に、創業チームがPMFを洗練させる前の、アイディエーションや探索を行っている初期の段階では、多様な知識が重要となってくる。しかし、戦略の策定と実行が進むにつれて、知識の多様性はそこまで意味をなさなくなる。迅速な戦略の策定と実行には、共通の理解が必要だからだ。近い知識を持つ創業チーム (たとえば、エンジニアだけのチーム)は、異なる領域の知識を持つチームよりもこれを達成するのが容易であることがわかる。後者の場合、異なるメンタルモデルを持つ創業者たちが熟考し、合意に至るまでにより多くの時間を必要となる。

第二に、エコシステムがどの程度初期段階にあるか、または成熟しているかによる。知識の多様性は、新興のエコシステムでは重要であるが、エコシステムが成熟するにつれて重要ではなくなる。たとえば、あなたがFinTechのスタートアップを立ち上げる最初の一人だとする。新興のエコシステムでは、スタートアップがまだ見えないFinTech市場で地位を確立するために、金融、テクノロジー、規制、BizDevなど、多くの隣接した分野とのつながりに依存する。FinTechのエコシステムが成熟するにつれ、スタートアップは探索や知識に費やす時間を減らし、実行に集中できる。


創業者はどこから多様な知識にアクセスできるのか?

多様な知識の重要な源の1つは、スタートアップ・エコシステム内の他の人々との社会的つながりを介したものだ。私たちの研究では、地理的に同じ地域のエコシステム、たとえばロンドンにいる創業者同士のつながりを調べた。創業者が同じ大学出身であったり、同じ会社で働いていたとき、他の創業者とつながりがあるとする。また、それぞれのつながりが同じ知識ドメインの人々の間なのか、異なる知識ドメインの人々の間なのかも調査した。

創業者が社会的なつながりを多く持っているスタートアップは、成長が早いということがわかった。人脈が広いことはそれ自体良いことであり、これはよく知られている。しかし、我々は、創業者が異なる知識領域の人々とより多くの社会的つながりを持つスタートアップが、より速く成長することも発見した。つまり、人脈は重要だが、多様な人脈はさらに重要である。たとえば、同じ会社で働いていたことも重要であるが、違う部署で働いていた創業者を知っていることで、創業者として持っていないスキルやノウハウにアクセスしやすくなる。


初期段階のメンバーはスタートアップに何をもたらすか?

多様な知識の源としてもう一つ重要なのは、もちろん初期段階のメンバーだ。早期採用が成功すると、創業者が機能的な活動、たとえば、ビジネス開発、製品設計、財務計画などに時間を割くことができるかもしれない。また、初期採用者は、創業者が持っていない専門知識やスキルをもたらしてくれるかもしれない。ビジネス経験のない科学者だけの創業チームは、事業開発の専門家の助けを借りることができる。LegalTech分野では、弁護士である2人の創業者がサンフランシスコで立ち上げた急成長中のスタートアップは、事業の成長に合わせてエンジニアやプロダクトアーキテクトを次々と採用した。

ここまでのことから、初期のスタートアップ創業者のためのヒントは次のようにまとめられる。


  • まず、知識の領域が近い創業チームから始める。

これにより、共同創業者全員が納得できる明確な価値提案、ストーリー、全体的な戦略を明確にするプロセスを加速させることができる。また、共通の理解があれば、実行も容易になる。


  • 次に、社会とのつながりの中で、多様な知識源やアドバイスにアクセスする。

メンターやアクセラレーターは人脈作りに役立つが、学校や大学これまでの勤め先で知り合った人など、社会的つながりが成長や資金調達に貴重な利益をもたらすことが多い。


  • 第三に、最初の従業員を雇う準備ができたら、創業チームに欠けている必要な知識を持つ人材を探すこと。

もちろん、創業者は、自分の仕事のポートフォリオの一部を早期入社者に委ねることも検討すべきだ。


  1. Gompers, P. A., Gornall, W., Kaplan, S. N., & Strebulaev, I. A. 2020. “How do venture capitalists make decisions?” Journal of Financial Economics, 135(1): 169-190.
  2. The evidence is based on the analysis of 350 Fintech and Lawtech startups in London, New York, and San Francisco Bay Area. See our paper “Knowledge Similarity Among Founders and Joiners: Impact on Venture Scaleup in Fintech and Lawtech” for more details.