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グローバル・スタートアップ・エコノミーの現状
Startup Genomeが2012年に最初のGlobal Startup Ecosystem Reportを発表したとき、起業家の世界はもっと狭いものだった。トップ10のハブのうち6つがアメリカにあり、アジアの都市でトップ20に入ったのはベンガルール (カルナータカ州)1つだけだった。ユニコーン (この言葉は2013年まで使われることはなかった)は4つのエコシステムで9つ登場した。またアーリーステージの資金調達のほぼ3分の2は北米に集中していた。
この年、統計データベースのStatistaは世界のソフトウェア市場全体を約3500億ドルと評価した。またフォーチュン誌の世界企業ランキング上位50社に登場したハイテク企業は1社のみであった。
10年後、1兆6500億ドルの資金調達、1227社のユニコーンの登場、世界的なパンデミック、AIやソーシャルメディアから自律走行車や精密医療にいたるまでの大規模な革命が起こったが、状況は大きく変わった。デジタル経済が今日の経済の姿であり、少なくとも経済の未来の姿である。
世界経済フォーラムは、今後10年間に世界で新たに創出される価値の70%は、デジタルビジネスモデルに基づくと推定している。Statistaによると、2023年には初めてGDPの半分以上が「デジタルで変革された」企業によって牽引されるようになるという。またPwCは、AIによる利益だけでも2030年までに15.7兆ドルの世界経済への貢献があると予測している。
COVID-19は、初期にはスタートアップに影を落としたものの、最終的にはデジタル化を加速させ、彼らを後押しし、その証拠にパンデミック以降、ハイテク企業は非テクノロジー企業の2.3倍の成長を遂げた。Startup Genomeの調査によると、アメリカの上位8つのスタートアップ・エコシステムにおいて、スタートアップの約90%が完全に失敗する一方で、全体のわずか1.5%、すなわち生き残りに成功したスタートアップの約15%のみが5000万ドル以上もの成功報酬を得たことが明らかになっている。
2012年以降、世界のシリーズAラウンドの平均調達額はそれまでの3倍の1,800万ドル超となった。また資金調達後評価額は、10年間で平均239%上昇しており、ラウンド別ではレイターのラウンドで最も大きな伸びを示している。2019年以降だけでも、資金調達後評価額はシリーズBが125%、シリーズCが159%上昇している。2022年は高インフレ、金利上昇、世界的な紛争により市場は不安定になり、金融市場の調整が行われている。
しかし、インフレは世界的な現象ではない。全体として、2021年の取引におけるインフレは、レイターステージにおけるラウンド (シリーズB+)とExitの両方で顕著であり、収益に対する資金調達前の評価額比率は、共に約50%上昇した。しかし、レイターステージにおけるラウンドについてはアジアではほとんどインフレが起きず、その他の地域で低下していることがわかる。"
資金調達の評価額におけるインフレは起業家のエコシステムと一般的なイノベーションの成長を加速させるが、スタートアップ・エコシステムにとってリスクがないわけではない。すなわち、投資家にとって影響を受けたビンテージ投資に対するリターンが低くなることを意味する。スタートアップにとって (そして投資家にとっても)、これは、次のラウンドの前に市場が歴史的なバリュエーションに戻るため、ダウンラウンドの恐怖を引き起こす。これは、2000年から2001年、そして2008年から2009年にかけても起こったことである。世界的なインフレに対応するための金利引き上げとウクライナ戦争が相まって、2021年の高揚感はすでに収まっているように見える。このような状況において、ランウェイを長くし増資の必要性を遅らせるために、スタートアップはバーンレートを減らすことによって成長戦略を調整、それを迅速かつ積極的に行うことで利益を得ることができる。
価値上昇が続くDeep Tech領域
主要なイノベーション動向がDeep Techにあることは、Deep TechとTechの資金調達割合の伸び率を比較すると、自明であろう。Web3、Industry 5.0、Supply Chain 4.0、そしてもちろん、5G、デジタル金融、AIによる分子発見、気候変動緩和など、さまざまな分野のイノベーションが、ビジネスだけでなく社会的、物理的な世界をも変えようとしている。
2018年、Startup GenomeはDeep Techのサブセクターが加速度的に上昇していることをいち早く報告した。この4年間、Deep TechにAIを含めると、グローバルに広がるスタートアップ・エコシステムの成長は、ほとんどDeep Techが牽引している。
タレント
そして20年前にシリコンバレーがオープンオフィスやコラボレーションに最適化されたスペースを通じて「場所」の文化を再発明したように、今日のスタートアップは「場所なし」の新しい文化をリードしている。COVID-19が大流行した際、ハイテク企業は新しい働き方を促進・開拓した。たとえば、Dropboxなどの企業が普及させたバーチャルファーストモデルではリモートワークをデフォルトとしている。投資も場所に縛られることなく、ベンチャーキャピタルはZoomを使って遠く離れた投資先のデューデリジェンスを行い、地理的にも投資の範囲を広げている。
しかし、テクノロジーは人材と資金をより流動的にすることで、逆説的に地理的な条件をより重要なものに変えた。創業者、人材、投資家がどこにいてもよい今、シリコンバレー、ロンドン、北京のような北極星の役割を担う都市は、それぞれ独自の法律、経済、ライフスタイルの観点で利点を持ち、増えていく何百もの都市 (星座)と競争しなければならないのだ。
次に、この数カ月で既存のエコシステムと新興のエコシステムに影響を与えた包括的なテーマをいくつか紹介していく。
急成長するインド
スタートアップを取り巻く環境は大きく変化し、アメリカや中国に次いでインドが急成長している。同国では、大規模なExitとアーリーステージのラウンド数が急増し、エコシステムの価値が大幅に増加した。インドでは2021年に44社のユニコーンが生まれ、Exitにより、総額720億ドルを調達した (2020年の18億ドルから増加)。インドのExit総額 (ドル換算)は、2020年から2021年にかけて38倍に増加した。
アメリカのシリコンバレーと同様、ベンガルール (カルナータカ州)はもはやインドにおける一都市の立場を超えている。GSERが追跡調査したインドの7つのエコシステムのうち、チェンナイ、プネ、テランガーナ州、ケーララ州を含む6つがランキングを上げ、ベンガルールのハイテク経済からの分散による恩恵を受けている。デリーとムンバイは、ベンガルールに続き、トップ40にランクインした。またベンガルール、ムンバイ、デリーは、昨年比それぞれ10ランク近く上昇した。
インドには広大な国内市場があり、近年はテクノロジーへの依存度がさらに高まったことから、利益をどんどん生み出している。しかし、インドの台頭は単なるローカルな現象ではない。Lightspeed IndiaのパートナーであるDev Khareは自身のMediumに寄稿し、インドのユニコーンの30%はすでにグローバル化しているか、またはグローバル化の準備が整っていると推定している。そしてそれはSaaS分野に限ったことではない。インドでは、起業家がユニコーンを作ることができるかどうかという話から、グローバルに通用するカテゴリーにおけるリーダーを作ることができるかどうか、という話に変わってきている。
成功したビジネスの利潤が新規参入者を受け入れる土壌を作り、それらを成長させるというエコシステムの好循環はインドでも機能している。たとえば、2021年7月IPO株が35倍の応募倍率となったフードデリバリーサービスのZomatoは、2年間で10億ドルをスタートアップに投資すると公約した。2022年3月には、Rivigo、Cars24、Lead SchoolなどユニコーンのCEOや幹部が新たにBharat Founders Fundを設立し、アーリーステージのスタートアップを支援するために協力すると発表した。
一方、インド政府はエコシステム創出への取り組みなど、スタートアップに優しい政策に投資している。その最も野心的なプロジェクトが、認証とデジタル決済のための全国的な技術基盤であるIndia Stackで、キャッシュレス経済の到来を告げている。これにより、10億人以上のユーザーが生まれ、その過程でフィンテックやデジタルコマースなどのスタートアップが活性化する可能性がある。ナレンドラ・モディ首相は、1月16日のNational Startup Dayにおいて、こうした企業が新しいインドの「バックボーン」として台頭してきていると述べた。
失速する中国
インドがハイテク分野の国内受け入れ体制を強化しているのとは対照的な動きが中国では起こっている。2021年、北京はDidi、Tencent、Meituanなどの企業を反競争やデータプライバシーなどの問題で取り締まった。アリババに対する規制当局の措置やアント・グループのIPOの停止を受け、ジャック・マーは表舞台から姿を消した。2021年7月に中国政府がEdTech業界を追及した際、世界の投資家は大きな被害を受けた。さらに2021年12月、政府は中国企業の海外でのIPOに対する制約を強化した。
こうした動きに加え、中国の厳しいCOVID-19政策や、アメリカや欧州との緊張が若いスタートアップに影響を与えている。2021年、中国ではアーリーステージの資金調達が伸びた一方、小規模なExit (5000万ドルから1億ドル)は大きく減速し、世界平均より約10%低い成長割合であった。海外からの投資については、GSERの数字によると、ほとんどの主要な中国のエコシステムでは、過去10年間の取引でローカル投資家に対する非ローカル投資家の割合が、インドと比較すると著しく低くなっている。とはいえ、中国では2021年に10億ドル以上の大規模なExitと大規模かつレイターステージ資金調達のラウンドが非常に速く成長した。中国は2020年から2021年にかけて、レイターステージの資金調達額 (ドル換算)が22%増加し、10億ドル以上のExit数が21%増加した。
全体として、中国のスタートアップ・ハブのパフォーマンスはGSER が追跡調査を行って以来、初めて低下している。調査した13都市のうち8都市が今年のランキングで1つ以上順位を下げ、2都市 (無錫と厦門)は21も順位を下げたのである。しかし、ゴリアテ (巨人兵士)を打ちのめすのと同じ手が、ダビデ (羊の世話をする少年)を育てているのである。中国政府は2021年7月に、2025年までに1万社の「小さな巨人」を育成する意向を発表しました。リトル・ジャイアンツには、資金面や規制面での優遇措置に加え、政府のお墨付きというメリットがあるため、一部のベンチャーキャピタルを惹きつけている。
間違いなく、中国は依然としてスタートアップ大国である。中国のテクノロジー企業は2021年にラウンドの総額で390億ドルを調達した (2020年よりも25%増加)。
また、中国は2020年から2021年にかけて、レイトステージファンドの投資額が22%増加し、10億ドル以上のエグジット数が21%増加しました。
世界中に広がるホットスポット
インドと中国が2021年における大きな話題かもしれないが、その他にも数十の魅力的な物語が世界中で次々に生まれている。2016年に北米で始まった資金調達シェアの減少傾向は続いている。2021年のアーリーステージの資金調達に占める北米の割合はいまや半分以下となり、欧州とアジアが共に全体の一角を占めた。さらに中南米は前年度からほぼ倍増した。
アジア (874億ドル)、北米 (2196億ドル)、中南米 (129億ドルで世界最速の成長地域)で過去最高額のTech系スタートアップへの資金が投資された。オーストラリアのスタートアップの資金調達額は3倍の100億ドル、アフリカのスタートアップは48億ドルとなり、これは2020年から2021年にかけて96%の増加率である。
2021年にユニコーンになった企業は過去最高の540社で、113のエコシステムが10億ドル以上の巨人を少なくとも1社輩出している。ブリスベン、ルクセンブルグ、サンティアゴ・バルパライソ、ホーチミンを含む22のエコシステムが、GSER 2022の調査期間中に最初のユニコーン創出を達成した。
起業家にとって魅力的な政策を制定する政府も増えている。たとえば、ブラジルのスタートアップのための新しい法的枠組みLegal Framework for Startupsは、革新的な技術やビジネスモデルを試す際に、企業を制約から解放する「規制のサンドボックス」についての規定を含む野心的な計画である。スペインは2022年末までに「スタートアップ法」を成立させる計画で、いくつかの税制優遇措置と、創業者や投資家の妨げとなる役所の仕事を一掃するための措置が盛り込まれている。アメリカ議会で審議中の「イノベーションと競争に関する法律」には、新しいテクノロジー・ハブのための100億ドルの資金が含まれている。
また、新たに足を踏み入れたハイテク人材を自国のハブに呼び込むため、デジタルノマドビザを導入する国も増えている。ラトビア共和国、ルーマニア、カーボベルデ共和国はその代表格で、2021年にはポルトガル領のマデイラ島がデジタルノマド村を開設した。また、暗号化企業が伝統的な技術から人材を呼び込む中、デジタル通貨の法定通貨を宣言しているエルサルバドルなどビットコインに親和的な地域は、Web3プロジェクトを嗜好する創業者や労働者に移住をアピールするかもしれない。
地政学の時代
Tech系スタートアップの重要性と分散は、良くも悪くも地政学的な影響力を増幅させている。かつては、エネルギーや旅行といった大規模な産業が経験するような圧力を避けるために、Techに関連する産業は小規模にとどまっていたが、ガレージから生まれた起業家たちは主要な経済力に成長したのである。もはや、冷静ではいられまい。
5Gからソーシャルメディアに至るまで、米中間の緊張は特に大きく、市場や情報の流れに対する両国の見解が大きく異なることを反映している。インドの台頭は、インドのデジタル経済が中国やアメリカのデジタル経済に代わる非同盟の選択肢として投資家に評価されていることも一因であろう。また、欧州のリーダーたちは中国による自国のハイテク企業への投資や買収、保護された市場、プライバシーやセキュリティに対する脅威を懸念している。
ロシアでは戦争により、暗号通貨がオリガルヒの制裁回避に役立つことが注目された。一方、ロシア自身のハイテク部門はウクライナ侵攻のため業績が悪化している。ニューヨークタイムズで引用されたレポートによると、2022年3月までに5万人から7万人の技術者・起業家がロシアを離れ、さらに7万人から10万人が後に続くと予想されている。その多くは、ジョージア、トルコ、アラブ首長国連邦など、ロシア人をビザなしで受け入れている国々に流出している。
ハイテク企業が軍や移民に関連する仕事を引き受けることで、モラルハザードを起こす危険性がますます高まっている。従業員の抗議により、グーグルが無人機用AIの開発という国防総省の貴重な契約から手を引かざるを得なかった3年後、同社は再び軍事関連の仕事を追求するようになっている。逆に、クリーンテックは2021年に急成長し、買収後の評価額は176%上昇した。1つのエコシステムで生まれたイノベーションが、地球上のすべての国に好影響を与える可能性は、投資家や一般の人々にとって見逃せない。
最近、識者はグローバリゼーションの終焉を予言している。しかし、スタートアップの普及と分散は、異なる未来を指し示している。各地域において、世界中から資金を調達し多くの人材と顧客を集める企業が増えれば増えるほど、地域間の不平等が解消されほとんどすべての人が魅力的と感じる機会が生まれるだろう。10年前、域内すべてのガレージでスタートアップを創ろうと努力した地域はほんのわずかだったのだ。しかし、いつの日か、すべての馬小屋でユニコーンに出会える日がくるだろう。