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世界のスタートアップ経済の現状
2021年はTech系スタートアップにとってベンチマークとなる年であり、広範囲にわたる世界的な成長が見られた。このトレンドは2022年の第1四半期まで続いたが、その後、世界的な紛争やサプライチェーンの混乱、ヨーロッパのエネルギー危機、そしてインフレと金利の上昇の影響により、市場は不透明で不安定になった。しかし、2023年半ばになるとインフレは緩やかになり、経済成長は持ちこたえているように見える。
不況の時こそスタートアップに投資するチャンス
不況は投資家を失望させる。投資家はポートフォリオの急激な下落にとらわれ、高インフレやレイオフ、銀行破綻、その他の経済不安といった暗雲に目を向ける。しかし、今回及び過去のダウンサイクルにおけるあらゆる変動に対し、市場は回復してきた。実際、この回復の大部分は具体的な解決策を模索して不況に立ち向かう起業家たちによるものだ。彼らは創意工夫と忍耐力を発揮することで市場を牽引し、下降トレンドから抜け出すことができたのだ。
10年以上にわたり0%に近い金利であったことは、VCから豊富に出資を受けていたスタートアップにとってまるで安全な避難先であった。これがスタートアップの過大評価につながり、記録的な資金調達とExit時のバリュエーション、そしてユニコーン企業を多発することとなった。2023年上半期のアメリカのインフレ率は前年を下回っているが、15年にわたる低金利とバリュエーション拡大の時代は2022年に突然終わりを告げた。そしてこれはアメリカに限った話ではない。2023年3月、欧州中央銀行は2023年のインフレ率が平均5.3%、2024年は2.9%、2025年は2.1%になると予測した。エネルギーと食品を除いたインフレ率に関しては2023年に平均4.6%と予測された。
こうした状況はスタートアップからのリターン率に影響を与え、投資の後退を招いている。しかし、直感に反して高金利はスタートアップに利益をもたらす可能性がある。なぜなら、高金利の影響で価値を生み出すスタートアップに資本や人材が集中し、競争力の低いスタートアップは淘汰されるからである。金利上昇を受けて投資家のリスク選好度は劇的に低下した。伝統的なVC市場が冷え込み、資本調達がますます難しくなる中、多くのスタートアップがクラウドファンディングや借入、融資を代替的な資金調達手段として検討している。一方でVCの投資家はというと、長年の低金利の末、スタートアップに投資するための手元資金を保持し続けている。
Tech系企業は、2021年の好景気時に採用した技術系労働者のうち数十万人を直近数ヶ月で解雇している。3月にCrunchbaseが発表したところによると、アメリカを拠点とするTech系企業 (またはアメリカに大規模な労働力を持つTech系企業)で解雇された労働者数は2023年のそれまでの時点で約13万5000人となっている。州政府、特にカリフォルニア州政府は歳入減に喘いでおり、長年黒字を続けてきたが転じて財政赤字に直面している。一方で、こうしたレイオフの火種がスタートアップの爆発的な増加を生み出す可能性がある。技術的なノウハウや業界の専門知識を持った一流の人材が、新たなプロジェクトを探しているのだ。
プロフェッショナル人材をエコシステムに惹きつける方法
優秀な人材はスタートアップの成長にとって不可欠で、これは成功したファウンダーには広く認識された事実であり、当社のデータでも裏付けられている。通常、全体的に優秀な人材が多いエコシステムは、全体的に業績が良い。
しかし、適切な人材を見つけ、確保することは難しい。教育制度は不十分で、特にソフトウェア・エンジニアリングの分野では技術系人材の需要に追いつくのに必要な供給量を生み出すことがほとんどできていない。さらに、パンデミックはDX化のペースを急速に加速させ、需要を大幅に増加させた。当社のエコシステム評価サービスの調査回答者のデータによると、経験豊富なソフトウェアエンジニアの採用難は、2019年以降ほとんどのエコシステムで顕著に増加している。加えて、スタートアップもグローバル市場の中で人材獲得にしのぎを削っている。リモートワークの拡大へのシフトは労働市場を拡大させたが、同時に競争も激化させた。さらに、長年にわたり成熟した市場に人材を供給してきた結果、一部の国ではディアスポラを自国に呼び戻すための積極的な政策がとられている。多くの東欧諸国がその例である。
しかし、スタートアップやスケールアップ企業にもチャンスはある。少なくとも、ハイテク業界の低迷が大量解雇に繋がっているため、プロフェッショナルで経験豊富な人材のプールになっており、その多くは貴重な業界ネットワークも有している。このような人材が放置されないように取り組むことが、全ての企業にとって有益である。
人材誘致の取り組み
では、エコシステムのリーダーは何ができるのだろうか?世界各地で、人材を惹きつけ、育成し、維持するために成功した政策が数多く見られる。エコシステムのマーケティングは、海外の人材にエコシステムを「売り込む」上で重要である。成功例のひとつはフランスのLa French Techで、これはフランスのスタートアップに統一したブランドを作ることを目指した国家支援の取り組みである。効果的な報酬もマーケティングとして重要であり、リソースに制約のあるスタートアップでは基本給で既存企業と競争できることはほとんどないため、全体的な報酬の一部としてストックオプションやその他のインセンティブを提供する必要がある。EUを含むいくつかの地域では、この分野で競争力を維持するためにストックオプションの問題に対処する必要があり、税制上の優遇措置がある司法管轄区内に立地することも検討事項となっている。
OECD加盟国の大半は、投資資金を持つ経験豊富なビジネスマンを対象としたビザプログラムを長らく設けている。しかし、最近増えてきた起業家ビザは、通常、アーリーステージでスケール可能なビジネスアイデアを持つ起業家に焦点を当てている。私たちの見解では、最も優れた制度はスケーラビリティの判断を民間の投資家や起業家に委託し、非常に短い時間枠で決定を下し、起業家の家族の入国を許可するものである。しかし、起業家ビザは新たな採用者を探している企業を直接支援するものではない。直接支援するためには採用者を対象としたビザ制度を拡大する必要がある。アメリカのO-1 visaやイギリスのGlobal Talent visaがその例である。
また、オリエンテーションやソフトランディングプログラムは海外移転に伴う事務的な諸経費を削減することを目的とし人材誘致に役立つ。例えば、エストニアのWork in Estoniaポータルはビザの取得支援、求人掲示板、現地文化への適応に関するアドバイスだけでなく、若い家族を持つ技術労働者を支援する学校のリストも提供している。IN Amsterdamも同様のアプローチをとっている。このいわゆるワンストップショップでは、アムステルダム地域に移住する外国人新社会人が、1つの建物内で移転に関するあらゆる行政手続きに対処できるようになっている。
次世代の育成
エコシステムの成功には人材の確保が重要だが、次世代の人材を確実に育成するための戦略も欠かせない。若者がスタートアップで働いたり、自ら起業したりするためのマインドセットを身につけるには、技術的なトレーニングに実践的な経験と起業家教育が伴わなければならない。これを実践している興味深い取り組みのひとつが、カナダのウォータールーにあるCommunitechだ。1997年にスタートしたこの拠点は、大学都市ウォータールー・キッチナーにあり、高等教育機関、企業、革新的なスタートアップ、政府機関を結びつけている。Communitechは、協同教育プログラムなど既存の大学のイニシアチブを活用し、スタートアップ・エコシステムへの入り口の構築を支援している。
景気後退はスタートアップにとって好都合であるという考えは、過去の傾向からも裏付けられる。大不況期に資金を調達したスタートアップは、景気拡大期に資金を調達した企業よりも、投資総額に対するExit倍率がわずかに高かった。1997年から10年にわたり、不況期のスタートアップ投資に対するVCのリターンは、1年を除いて全ての年よりも13%高かった。
2006年から2014年の間、Exit額/シリーズA取引額の比率はおおよそ20前後で推移しており、これには2008年から2009年の不況期も含まれている。これは、不況期であってもシリーズAの資金調達を達成したスタートアップは、ExitまでにシリーズAでの取引額の20倍の価値を持つことができたことを示している。不況下で生まれた成功の具体例としては、2008年にSpotifyがシリーズAで調達し、2007年にはTwitter、2009年にはFlipkartが同様の調達を行ったことが挙げられる。
景気後退は銀行やVC投資家の出資意欲を低下させるため、スタートアップの資金源が枯渇し、その結果資金調達ラウンドの減少及び評価額の下落を招き、実現までの期間が長くなる。スタートアップは景気減速の影響を特に受けやすい。資金調達の流れが弱まることで企業は成長の維持とコスト削減に再注力しなければならなくなり、こうした要因が重なることでリーダーの目標達成へのプレッシャーが高まる。
資金調達の世界的な違い
しかし、新規参入するスタートアップの見通しはそれほど暗くはない。2022年にレイターステージの資金調達が急減し、レイターステージで膨らんだバリュエーションが修正された一方で、アーリーステージの資金調達はほぼ安定していた。VCの投資家は、新しいスタートアップにイノベーションを求め、シード資金の提供に目を向けている。世界全体では2022年に資金調達したスタートアップの数は減少したものの、調達額は増加した。2021年から2022年にかけて、アーリーステージの取引件数は取引額よりも減少した。具体的には、アーリーステージの取引件数は18%減少したが、取引額は17%減少した。これは2021年から2022年にかけて平均取引規模が$4400から$4500に2%増加したことを意味する。
しかし、北米では事情が異なった。ここではアーリーステージの資金調達額が26%減少し、これはどの地域よりも急激な減少であった。成熟したエコシステムの割合が高い北米では、投資家は新しいスタートアップでリスクを取るよりも、既存の企業に出資し続けることを選択した。
5000万ドルを超えるExitの件数とその総額は、2021年第4四半期から劇的に減少し、翌2022年第4四半期の数字がCOVID-19流行以前の水準を下回るまで続いた。ラテンアメリカは最も打撃を受けた地域で、2022年のExit時評価額は2021年のわずか7%であった。一方、MENA地域は最も影響を受けず、2021年の評価額の84%を維持した。10億ドル以上のExitは、取引件数、取引額ともにCOVID-19流行以前の水準にまで落ち込んだ。取引件数で最も影響を受けた地域は、ヨーロッパと北米であった。取引額の減少はラテンアメリカとアジアで最も激しかったが、MENA地域の取引件数は3%増加した。
2023年半ば、シリコンバレーは再生の兆しを見せている。Atomic Semiが半導体をエコシステムに復活させ、OpenAIの最近の成功も起因してかこの地域からAIスタートアップが続々と誕生している。しかし、先端技術のフロンティアとしてのシリコンバレーは、リモートワークやアウトソーシング、自動化を可能にした直近のライフサイクルから生まれたテクノロジーの成功がゆえに、アメリカ国内だけでなく世界中に拡散し、消滅してしまった。
ユニコーン企業の減少
2022年の景気低迷は、ユニコーン企業の減少にも表れており、2021年の595社から359社へと世界全体で40%減少した。最も減少したのはアジアと北米であった(それぞれ46%減と45%減)。北米のユニコーン企業のシェアは58%から52%に減少したが、ヨーロッパがその遅れを取り戻し、シェアを14%から20%に伸ばした。北京は2022年に苦戦した。2015年から2020年まで毎年10社以上のユニコーン企業を輩出していたが、2021年に19社に急増した後、COVID-19のロックダウンの影響もあってか、2022年には3社にまで減少した。
2022年に前年を上回るユニコーン企業を輩出し、減少傾向に逆行したエコシステムも少なくない。このグループには以下が含まれる。深センが1社増加(6から7)、モントリオールが1社増加(3から4)、チューリッヒとミラノは2021年にはゼロだったユニコーン企業を2022年には3社ずつ輩出した。
さらに、7つのエコシステムが2022年に初めてのTech系ユニコーン企業を生み出した。その内訳は、ヨーロッパが3つ(ソフィアのPayhawk、ザグレブのRimac、プラハのRohlik Group)、北米が1つ(プエルトリコのサンファンのEnergyX)、アジアが1つ(ケララ州のOpen)、中東が1つ(アルジェのYassir)、サブサハラ・アフリカが1つ(ナイロビのSun King)である。
シリコンバレー、ニューヨーク、北京、上海といった主要プレーヤーがランキングの上位に留まるかもしれないが、多くの小規模なエコシステムが躍進している。以前は大規模なエコシステムとのつながりに依存していたが、これらの小規模なプレーヤーはますますグローバルにつながり、巨大なハブとのつながりなしに独自のノードを形成できるようになってきている。
減速する中国、追い上げるインド
インドは最近、中国を抜いて世界で最も人口の多い国となった。この事実と、現在14億人を超えてさらに増え続けている生産年齢人口の割合の高さが相まって、世界最大の人材プールを形成している。
さらに、インド政府はインフラに大規模な投資を行い、成長と投資志向の政策と改革を促進してきた。これによって、インドは製造業とテクノロジーの主要拠点へと変貌を遂げた。2023年の国家予算はこの成長の更なる推進を目指すもので、KYCプロセスの簡素化や統一申請プロセスの導入によるビジネスの容易化など、起業家の成功を後押しすることを意図した内容がいくつか盛り込まれている。予算には適格なスタートアップに対する税制優遇措置や、全国30ヶ所のSkill India International Centresを設置する計画も盛り込まれている。
しかし、全体的にポジティブな話にも関わらずインドでさえ減速を経験している。2021年、インドでは過去最高の36のユニコーン企業が誕生しExit総額は720億ドルとなった。一方で、2022年にはユニコーンの数は33%減の24社に、Exit総額は55億ドルに減少した。