The Global Startup Ecosystem Report 2022

RouteXからのメッセージ

undefined

まず始めに、今回GSER日本語版の発行にあたってStartup Genomeより翻訳責任としての任を頂戴したことに感謝申し上げたい。GSERはスタートアップ・エコシステムを体系的に理解し、世界のトレンドを知るためのバイブルであり、RouteX、また私個人もかねてよりGSERの熱狂的な読者であった。一方で、今回の日本語版は一社としての意味合いがあるものというより、むしろこれまで言語的な障壁によって触れることのできなかった内容に触れることで情報の非対称性が解消され、エコシステムに対する有益な活動の増加とエコシステム自体の活性化につながることを願っての活動であると理解していただきたい。拙文ではあるが読者には是非最後まで目を通し、日頃の議論トピックとして取り上げていただけると幸いである。

現在の日本のスタートアップ・エコシステムは、2014年ごろに端を発する第4次ベンチャーブームの流れを継ぐ形で過去最高の盛り上がりを見せている。国内スタートアップに対する投資額は年々拡大し、特にシード・アーリーステージのスタートアップはあらゆるカテゴリで質量ともに年々発展を続けている印象がある。レイターステージはまだまだ成長の余地があるものの、ユニコーンが年々輩出されていることも事実である。起業家の成功は次なる起業家の期待を生む。大企業で経験を積みミドルキャリアで起業家に転身するケースもあれば、大学卒業後のファーストキャリアでスタートアップや「ベンチャー」と呼ばれる企業での勤務を選択する若年層は数年前より格段に増えた感がある。業界の著名人や芸能人によるスタートアップ投資が話題となり、時の首相である岸田 文雄氏が今年を「スタートアップ創出元年」と位置付けたことは、日本のスタートアップ・エコシステムの確実な成長を裏付ける内容として不足がないように思われる。

一方、日本全体でのスタートアップ・エコシステムの成熟に向けて道半ばであることもまた事実である。一つ目に、東京以外の都市におけるポテンシャルが発揮されていないことが挙げられる。島国かつ言語圏が自国に限られる日本では、都市間での競争が全体のエコシステム底上げにつながるといえるが、ヒト・モノ・カネ、いずれの流れも東京に向かうベクトルのみである。ニューヨークに対してITや半導体を強みとしたエコシステムが発展したシリコンバレー、北京や上海に対してものづくりの産業基盤を活かしたエコシステムが発展した深圳のように、他都市がエコシステム構築の戦略的実施によって東京に伍することが今後の伸び代であるといえる。二つ目に、起業家マインドを醸成する開かれたコミュニティの発展が挙げられる。スタートアップや起業家に対する理解が浸透しつつあるとはいえ、インナーサークルを一歩出るとそれは一気に未知の概念となる。また日本に根付く大企業の終身雇用は、スタートアップからスタートアップへの人材の流動性を基とするエコシステムの概念とは相性が悪いといえるだろう。基盤としての大企業を主体としたエコシステム構築を進めるにあたっては、大企業 - スタートアップ間の人材流動を高めつつ、相互理解を深める仕組み作りが重要ではないだろうか。そして三つ目に、世界市場との接続である。先に述べたように地理的、言語的な障壁により日本の市場は特殊であり、それは他の市場への展開の困難と裏腹である。その中で、一般的にリソースが限定的なスタートアップに対する海外展開支援者の役割は多岐に渡りうるが、特に初期フェーズでの事業計画をより解像度高く、例えば現地のアクセラレーター参加や法人設立、人材採用にまで考えを巡らせることが重要ではないだろうか。その上で他地域の市場へと接続することはそう困難なことではないだろう。

最後になるが、GSERはエコシステムに関わる全てのプレイヤーにとって何らかの価値と示唆を提供するものである。日本語版の発出が全国規模でのエコシステム発展に寄与することを期待してやまない。